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坐禅の視線から思ったこと
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    ただ坐っているだけですが、坐禅の時にはいろいろなことを経験します。

     

    例えば視線です。

     

    坐禅の時、目は半眼にして1.5メートルくらい前方を見るようにしますが、そこに床の節目とか壁の模様などがあるとついそれを見つめてしまいがちです。

    なにもないところへ視線を放っているより心を落ち着けるのに便利なのですが、

    そうやって一点を見つめているとそれが動いているように見えてくることがあります。

     

    私だけでなく、坐禅をしていると誰しもそんな種類の体験を持つようです。

    (目の錯覚だ)と思いその錯覚を振り落とそうとすると、なおさら盛んに動き出したりします。

    その一点を見つめていたことがいけなかったのだと気づきます。

    坐禅の時はその一点を凝視してはだめです。視線をやわらかくそこに落とすだけです。視線がそこに落ちるといった方が良いかもしれません。

     

    この坐禅の視線は日常にも応用できると思います。

    何か問題がある時、問題ばかりに焦点を当てているとそれに翻弄されてしまいがちです。問題だと思うことも、やわらかくソフトフォーカスな視線で見てみる。案外その方が解決に結びつくかもしれません。

     

    問題ではなく、目標の場合にも応用できます。

    視線を落とす対象(目標)はあっても良いのです。むしろあった方が心は落ち着きやすい。対象(目標)に視線を落としつつも凝視はしていない、それが目標達成のコツである、坐禅の視線はそんなことを教えてくれているようだとも思いました。

     

    ただ坐るだけですが、結構色々な学びがあります。坐禅っていいですよ。

    灯台屋さんでは月一で坐禅会を開催しています。次回は710()です。

    坐禅初心者同士の気楽な集まりです。どなたでも歓迎します。気が向いたら一度遊びに来てみてくださいね。

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